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スポーツ指導における「厳しい指導」の正体

  • 執筆者の写真: kuukan
    kuukan
  • 14 時間前
  • 読了時間: 5分

自分自身、最近の試合や指導を見直すきっかけとなった。

本当に今の指導で選手は育つのか?

もっと勝って、もっと個が育つ指導があるのではないか?という疑いから始まった。


人間は学習する生き物

人間には、ミスや誤りから気づき、学習する能力が備わっている。

この能力こそが人間の尊さである。周囲にアドバイスや指摘をしてくれる人がいれば、大人になってからでも修正は十分に可能だ。

しかし、スポーツの組織ではこの前提が大きく崩れている。


スポーツ界の「勝利至上主義」という空気

日本のスポーツ界には根強い文化がある。

それは「勝利のためなら許される」という常識。

この空気の中で、ハラスメント的な指導は見逃され、許容されてきた。

実際のところ、どんなに優秀で名高い指導者であっても、負けることはある。

すべてのデータを検証すれば、勝敗は多くの複雑なファクターの結果に過ぎない。

にもかかわらず、スポーツ界には「こうした扱いをすれば勝利に繋がる」という都合のよい信仰が蔓延している。

この信仰は誤りだと感じている。

勝ち負けは選手への対応方法によって直結しない。してはならない。

ハラスメント的な指導で導かれる結果になってはならない。


「厳しい指導」は日本語の造語なのではないか?

驚くべきことに、「厳しい指導」という指導方法は、コーチング学には存在しない

これは科学的にも学術的にも立証されていない概念。

何度も調べたが、厳しい指導の説明はない…それなのに日本では「方法論」のように扱われている。

これは日本人が日本の社会の中で都合よく作った言葉であり、スペイン語や英語には対応する概念がない。

なぜなら、欧米のコーチング理論では、こうした行為は単に「人としての最低限のことができていない状態」として認識されるからだ。

「厳しい指導」の名の下に行われているのは

  • 罵倒、体罰

  • 相手を人として扱わない

  • 名前すら呼ばない

  • 選手を物のように扱う

これらは指導ではなく、単なる権力である。


権威とハラスメントの関係性

スペインの指導者からこう指摘されたことがある「権威とは、ハラスメントとは、力を発揮している状態である」

その言葉の意味は深い。権威が効果を持たない環境では、そのパワーは力を失う。

そして、そうした不適切な行為をする人間は、そもそも指導の場さえ与えられない世界が存在する。

つまり、ハラスメントが成立するのは、それが許容される環境があるからこそ。日本のスポーツ界の「空気」がそれを可能にしているように思える。

自分は小さい頃から青森県八戸市でサッカーをスタートしたが、厳しい指導というものが当たり前だった。

今回その当たり前をどうにか疑う作業から、選手のある力を引き出したくて考えている。


変化を起こすための現実的なアプローチ

啓発活動、著名人の力を借りたSNS展開、セミナーや研修…これらはいずれも効果が限定的である。

理由は簡単

そうした場所に集まる人間は、すでに意識が高く、「ダメだよね」と思っている人たちだからだ。

本当に必要な変化をもたらすのは、別のアプローチである。

人々の「学習」にフォーカスすること。学習を通じて、人々の思考と行動を変えていくこと。

これが最も効果的な解決策だ。


世代と継承(無意識の連鎖)

昭和40年代生まれの指導者に、厳しい指導を受けてきた経験者が多く見られる傾向がある。

彼らは「自分たちはそうやって育ってきたから、お前たちもやれ」という思考に陥っている。

ここに何の疑いも持たないことが問題だ。

しかし、注目すべきは、20代の若い世代でさえ、同じ行動パターンを示す者がいるということだ。

これは単なる世代問題ではなく、継承の問題である。

不健全な体験や経験を受けた人間は、その学習をもとに自分自身の思考と軸を形成する。

そしてそれを次の世代に継承してしまう。


無意識を意識化する

我々の多くの言動は、実は無意識のうちに行われている。

無意識でやったり、無意識で言ったりしている言葉が、人を傷つけている。これが最も危険な側面だ。

傷つけたいわけではない。

なにくそ根性で這い上がってきてほしいと思っていたが、そこすら間違っていた。

ここが面白い気づきとなった。

スポーツ指導の現場では、多くのコーチが無意識に、なんとなく、コピー&ペーストのように指導を行っている。

今、特に指導現場で求められるのは、この無意識の領域にある言動を「意識化させ、意識領域に引き上げる」という作業である。自分たちが何をしているのかを認識することから、変化は始まる。


自分がすべきこと

まずは自分を見直す。これを数週間やってきた。

そこでリアクションの感情というものに出会った。

恥ずかしいのだが、これは3歳の駄々をこねる感覚によく似ている。

この状態で選手に伝えたところで伝わることは、ほぼ無いに等しい。

そこで自分自身、method的な指導中に立ち返る言葉を作成した。

選手がこういう時は、ブラクラの指導理念から逆算して導き出した言葉で対応する。

それと、今のサッカーをして勝っていっても選手の限界値はできてしまう気がしている。

この疑問は勝ち続けた数年前から思っていたこと。

もちろん勝つことは良いと思う。

でも勝つことと同じくらい大事なものがあったはず。

それを大事にしながら、勝っていく。

そうでなければ、ブラクラの意味がない。

この数週間、人に会い、数時間のお電話をさせていただき、たくさんの磯沼という人間を知ってくれている人達と話せたこと、気がつけたことで、また一歩成長できると確信している。


 
 
 

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